(まさかどかくれいわ)
将門隠れ岩
秩父市吉田石間
現地の案内板
伝説悲劇の城峯物語(将門伝説)
関八州を平定し、その後下総の野に敗れ、この山に城を築き、名を幡武山石間城と名付け、それまで石間ヶ岳といっていたこの山に城ができると、里人も城峯山と呼ぶようになりました。
そこで下野田(栃木県)の豪族、藤原秀郷が兵を引き連れ、今の吉田小学校の高台に陣を張り、にらみ合いになる。
このころ、将門の愛妻、桔梗はときどき城を抜けて、いずれかに姿を消すのを知り、将門は桔梗が秀郷に内通したものと思い違い怒って桔梗を斬りすてました。無実の罪で斬られた桔梗の亡霊は落城後も消えず、秋の草花はかずかず咲くが、桔梗の花だけは今も見ることができません。
"秋の七草うすむらさきの花の桔梗がなぜ足りぬ 城峯昔の物語"
(秩父小唄)
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城峰神社
【ブログ記事】
'09 5/16