(とちもとせきあと)
栃本関跡
秩父市大滝1623
標高765m
関東の道百選(建設省)
外観のみの見学で無料、時間自由
江戸時代、秩父往還の通行人を取り調べる為に設けられ、その関所跡は最も原形に近いところから、文化財として国の指定を受けています。
江戸幕府は、関東への「入り鉄砲」と関東からの「出女」を取り締まるため主要な街道に関所を設けたといいます。栃本関は、中仙道と甲州街道の間道である秩父往還の通行人を取り調べるため設けられた もので、その位置は信州路と甲州路の分岐点になっています。
そのはじまりは、戦国時代甲斐の武田氏が秩父に進出した時関所を置いて山中氏を任じたと言われているが、徳川氏の関東入国以後は天領となり関東郡代井伊忠次が慶長19年(1614)大村氏を藩主に任じたといい幕末まで藩主の職を代々つとめた。寛永20年(1643)には、藩主一名では警備が手薄であったため、 秩父側の大滝村麻生と甲州側の三富村川浦とに加番所を付設して警備を厳重にしました。
関所の役宅は、文政元年(1818)と文政6年(1823)の二度にわたり消失し、現在の主屋は幕末に建てられた ものとされています。
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'11 11/6